失礼しますっ!

加藤シゲアキ君をえっさほいさ応援してみるブログ

Story of escort (あくまで創作)

心に刺さったままの抜けないトゲ…。
俺はあの日から変わっていない。
いや、変われていないと言ったほうが正しいだろう。

20年以上も同じニンゲンを続けていると、そうそう変われるものでもないし、まして今更変わった所で「彼女」が戻ってくる訳でもない。

諦める事で、新しい何かがいつか手に入るだろうと思っていた。

…あの日までは。


ウェイターの仕事に辟易していた俺は、来店した客の顔をしっかりと見て挨拶をするなんて事はおざなりになっていた。
毎日毎日、何人もの幸せそうな顔を見る事が苦痛になっていたんだ。

サービスを提供するウェイターが、そんなんじゃ本末転倒な話だが、それぞれのパートナーとアーティストに夢中の彼らにとって俺は…例えるなら空気。
そう、存在する事が当たり前で、誰も特別に、気にする奴なんていない。

今日もマニュアル通りに頭を下げる。
「いらっしゃいませ。」
高級なハイヒール。
不意に香る懐かしいシャネルの5番。
しかし、別にここでは珍しい事ではない。

と思いながらも、ちょっとした好奇心で顔を上げる。
好奇心?
嫌、虫の知らせだったのかもしれない。

刹那、衝撃が走る!

見間違えるはずがない。
彼女だ。
4年前に諦めた夢と共に去っていった彼女。
ガキだった俺は全てに自暴自棄で、彼女の変化に気づく事なんてできなかった。
1人になって残ったものは、未練という名の切れない鎖。
今でも彼女を忘れられないでいる、情けない俺がいるという事実。

その彼女が今目の前に居る。

これは幻か?
それとも俺の事を哀れに思った神様からのラストチャンスか?

しかしその全ては杞憂にすぎなかった…
彼女の左手の薬指に、永遠の愛の形が刻まれている事にすぐ気がついたから。

だけど…


その日から彼女は頻繁に訪れるようになった。
週末に1人きりで。
運ぶ食事やサービスは同僚のウェイターに頼む事にしていた、同僚も不思議がってはいたが、特に聞いてくる事はしない。俺に興味のある人間なんて居ないのかもしれない、と自嘲気味に笑う事しかできなかった。

彼女はといえば、観劇している間はとても楽しそうに見えたが、終わった後はなんとも淋しそうで見ていられなかった。
ため息をつく彼女。
…必ず残す食事が何より
「その事実」を物語っていた。

だからといって声なんてかける事は出来ない。
あの日から何も変われていない自分を見せるなんて、死んだってできる訳がない。

閉館後も、後片付けをしながらそんな事を考えていたので、手元が狂いグラスを取り損ねてしまった。

落ちるグラス

(このグラス高いのに…給料から差っ引かれちまう。)

「痛っ!」
お決まりの割れたグラスで手を切るパターン。

不意に場内の照明が落ちる。
停電か?
つくづくついていない…
心の中で毒づきながら、ブレーカーを上げに行こうと立ち上がると、誰も居ないはずのステージに人影が霞んだ。

場内の空気が変わる

堂々とした佇まいの男は帽子を目深に被り、ステージの中央まで悠然とやってきた。


鳴り響くミュージック。

(誰だ?)

目を凝らしてみてみると、ステージ上のあいつは、見覚えのある顔、そう!俺と同じ顔をしていた。

(嘘だろ?)

俺は幻覚でもみているのだろうか?
現に、あいつに付いて出てきたダンサーは皮肉にも〈pink elephant〉の仮面をつけている。

悪い夢だ!
怖くなった俺は、ここから立ち去ろうと出口に向かう。

そんな俺を遮る様に、目の前にあいつが現れた。

顔は紛れもない俺なのに、俺とは正反対の自身に満ち溢れた男。

しかもあいつが歌っているのは、4年前に俺が彼女の為に書き上げた曲。
夢と彼女を諦めた後は、1度も歌う事が出来なかった曲。

《ESCORT》

歌っているはずなのに、あいつは俺の脳内に直接語りかけてくる。

「お前、このままで良いのか?」

居ても立っても居られなくなった俺はその場から逃げ出した。

しかし着いた先は中央のステージ。

そう、あいつは俺。
〈white elephant〉
仮面を付けたあいつは、紛れもない俺自身。

お前の弱さは無用の長物。
昔の古傷なんて海に捨ててしまえ。
変わる事を待っていても変わる事なんて出来ない。
お前自身で掴みにいけ。

フラッシュバックする過去、過去…

分かってはいたさ、このままではいけないと…
現実から逃げていたかったんだ、これ以上傷つきたくないし、傷付けたくもない。
それがすべて自分の過去に対しての言い訳だとしても。

だけど…このままじゃ終われない!


あいつがCOHIBAを俺に吹きかける。
スパイシーで上質な香りと共に、あいつ自身が俺の中に入り込んだ様な気がした。


蘇る照明

と共に目を覚ました俺はあいつを探す。

幻覚か…

しかしステージ上のマイクにあいつのいた証が残されている。
そして特徴的なCOHIBAの残り香が、紛れもない現実だと俺に知らせている。

あいつの帽子を手に取った俺には、新しい1歩を踏み出す覚悟が出来ていた。

〜Fin〜